サッカー選手の引退後は悲惨なのか?仕事や給料は?実際のセカンドキャリア一覧【日本人編】

すっかり子供たちの間でも人気No1になったサッカー選手。
Jリーガーはもちろん、欧州リーグで活躍する選手が出てきたのもあり、なおさらサッカー選手という職業へのあこがれは強まる一方だ。
ただ、引退後についてはそれほど知られていないのではないだろうか。

華々しく活躍していた選手でその後も引き続きメディア等に露出しているのはほんの一握り。
ではその他大勢の元選手たちは、引退後どのように生きているのだろうか。

今回はそんな日本のサッカー選手たちの引退後の仕事など、セカンドキャリアについてご紹介したい。

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ミュージシャン

・矢野 マイケル(やの まいける)

現役時代はヴィッセル神戸、水戸ホーリーホック、サガン鳥栖に所属した、ガーナ出身の矢野選手。
キックボクサーを経て現職はミュージシャンをしているとのこと。
ガーナ出身の個性的な風貌を生かしてのことだろうか。
仕事の一例としては、玉木宏『All My Life』の作詞を担当している。

飲食店経営


・石塚 啓次(いしづか けいじ)

現役時代はヴェルディ川崎、コンサドーレ札幌、川崎フロンターレ、名古屋グランパスエイトに所属し、そのドリブル能力と、固定せきなキャラクターで”天才”と呼ばれた石塚選手。
引退後に元横浜フリューゲルスのGK森敦彦と共同でアパレルブランド「WACKO MARIA」を立ちあげ、その後スペイン・バルセロナでうどん屋「宵々祇園」を開店。
たびたびメディアにも登場し、セビージャ時代の清武選手の相談に乗ったりもしていた。

フットサル場経営


・柳本 啓成(やなぎもと ひろしげ)

Jリーグ黎明期から、サンフレッチェ広島、ガンバ大阪、セレッソ大阪に所属し、日本代表としても30試合に出場した柳本選手。
引退後はフットサル場の経営を行っているそうだ。

メロンパン移動販売

・山田 隆裕(やまだ たかひろ)

横浜マリノス、京都パープルサンガ、ヴェルディ川崎、ベガルタ仙台に所属し、日本代表にも選ばれたことのある山田選手。
引退後は実業家としてメロンパン移動販売を行っているそうだ。
東北フーズショップ企業組合代表理事をつとめたが、2009年に加盟者から加盟金返還や損害賠償を求める訴訟を起こされ敗訴したそうだ。

スポーツプラザ支配人

・大野 俊三(おおの しゅんぞう)

鹿島アントラーズ、京都パープルサンガで活躍した大野選手は、古巣鹿島の施設「鹿島ハイツスポーツプラザ支配人」で支配人をつとめている。
ウェブサイト上では「支配人大野俊三の部屋」というブログを執筆するなど、精力的に活動している。
といっても引退後しばらくは、会社員、居酒屋経営、板金工など、職を転々とし、その後現職に就いたのだそうだ。

ファッションデザイナー

・森 敦彦(もり あつひこ)

横浜フリューゲルスのドレッドヘアーGKとして当時からその個性で注目を集めていた森選手。
引退後は石塚啓次と共同でアパレルブランド「WACKO MARIA」を立ちあげ、ファッションデザイナーとして活動しているのだそうだ。
やはり日頃から自分が好きなものを突き詰めておく、というのは大事だと思える事例だろう。

政治家

・都築 龍太(つづき りょうた)

ガンバ大阪、浦和レッズ、湘南ベルマーレに所属し、日本代表でも6試合に出場した都築選手は、なんと政治家に転身。
引退後に「埼玉維新の会」を設立し市議会議員選挙に出馬。
落選も経たが、2015年さいたま市議会議員選挙に出馬し当選している。

会社員(アサヒビール株式会社)


・千代反田 充(ちよたんだ みつる)

アビスパ福岡、アルビレックス新潟、名古屋グランパス、ジュビロ磐田、徳島ヴォルティスに所属した千代反田選手。
引退後は大手企業アサヒビールに入社し、東京統括支社東京支店課長補佐の役職についている。
日本プロサッカー選手会のセカンドキャリアサポートなどの支援を受けての流れだそうだ。

大工見習い

・礒貝 洋光(いそがい ひろみつ)

Jリーグ創設時のガンバ大阪で名手として活躍した礒貝選手。
日本代表キャップ2試合の経験もあるが早々に引退し、まさかのプロゴルファーに転身。
獲得賞金はゼロだったが、周囲を驚かせた。
その後引退し、大工見習いに。
某バラエティ番組の取材に対して、お金では無く自分のやりたいことをやって生きていきたい、という理念なのだそうだ。

地方公務員(雲仙市役場)

・内田 利広(うちだ としひろ)

名古屋グランパスエイト、セレッソ大阪、V・ファーレン長崎に所属した内田選手。
地元長崎の地方公務員として第2の人生を歩んでいる。

雑誌編集長

・宮本 恒靖(みやもと つねやす)

ガンバ大阪、レッドブル・ザルツブルク、ヴィッセル神戸に所属し日本代表キャプテンとしても活躍した宮本選手。
引退後は解説などもしていたが、「月刊サッカーマガジン」編集長をつとめた。
2017年、ガンバ大阪U-23の監督に就任。

 

以上、一例として挙げてみたが、やはり飲食関連の実業家や、サッカー関連の職業に就く例が多く見受けられた。
他には意外と会社員や弁護士など、堅いイメージの職業に就く事例も多く、電通やアサヒビールなど大手に就職した選手もいるようである。
その反面で、引っ越し作業員やチェーンの飲食店など、参入のハードルは低いが給料が低く激務な業界にいる元選手も多いようだ。

とはいえ、日本プロサッカー選手会がセカンドキャリアサポートを行うなど、サッカー選手のセカンドキャリアへの関心も高まってきているようで、今後はさらに多様な職業への道が開けるかもしれない。

※写真はすべてイメージです。

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